こっぴー&るっぴー   可愛い女の子  2008.5.1生


by ruppycoppy
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ここ爺 思ひ出① 出会い~癲癇発症前

私は今までに3羽の桜文鳥と暮らしたことがあります。
今回は1997年2月2日~2008年6月6日まで、一緒に暮らしてくれたここ爺の思い出を、過ごし方、病歴とともに振り返りたいと思います。

ここ爺はるる爺と一緒に私の実家にやって来ました。
その前の月、1997年1月25日に、迷いこんで来たモモちゃんを失い、悲しみに明け暮れていたのです。
モモちゃんの逝去は土曜日、日曜日に埋葬。
それからの5日間(平日)、私はご飯もろくに食べられず、居間に入っては「モモちゃんの声がしない」と涙を流してばかり。
母が見るに耐えかねて「文鳥を買いに行こう」と言い出す始末(笑)
隣の駅の小さな小鳥屋さんに伺うと、何と、シナモンペアと雛換羽が終わったばっかりのシナモンの若鳥がいました。
桜文鳥は皆成鳥、非手乗りっぽい子たちばかり。
その日は「雛が入ったら連絡がほしい」と電話番号を知らせて帰ると帰宅後すぐに、連絡が入りました。
「近所で生まれた桜文鳥の雛を里親に出すために仲介することになった」とのこと。
とんぼ返りで見にいくと、薄緑茶色でくちばしの真っ黒な2羽がいました。
「…何の鳥ですか?」
「桜文鳥ですよ。雛の頃はこういう色合いなんです。」
「はぁ。くちばしが汚れてますね。何で拭けばいいですか?」
「雛の内は黒いんですよ。暫くするとピンクになりますよ。」
素人全開でるる爺ここ爺(当時はもちろん雛、生後1カ月程度だけど今更ここ爺以外呼び方がしっくりきません)をお迎えしました。
もしかしたら挿し餌をしたら食べてくれたかも知れないけれど、結局家に来たら完全に一人餌で過ごしていました。
当初は粟玉をふやかさないでそのまま上げて、殻付き餌、ボレー粉、今となっては‘いかんだろう’と思われるグリーンボール。
ここ爺るる爺は生涯通して、殻付き餌、ボレー粉、グリーンボール、そしてきゅうりで過ごしました。
ここ爺は本当に強い文鳥というイメージが強く、るる爺が首をくるっと回して羽に顔をうずめて寝るのに対して、ここ爺が首を折って寝ているのを見たのは彼の人生を通しても10回程度。
鳥のお医者様で有名な先生が、「首を折って寝るのは寒い証拠、保温が足りない」とおっしゃってたので、ここ爺は寒さに強い文鳥さんっと私はずっと思ってきました。
ここ爺は本当に病気をしませんでした。
この頃の睡眠時間は19:30頃就寝、7:30起床だったと思います。
だけど、ある時から唯一癲癇様発作をおこしました。
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by ruppycoppy | 2010-01-06 21:30 | 回顧録