こっぴー&るっぴー   可愛い女の子  2008.5.1生


by ruppycoppy
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ここ爺 思ひ出③ 一人ぼっちになったここ爺~老化(羽の奇形、飛翔力低下など)

るる爺の逝去後、水浴び命のここ爺は手水浴びをマスターしたのです!
前の家のキッチンで初手水浴びをしました。
それほどお「風呂命文鳥」だったのでしょう。
今の家に引っ越してからは午後6時になると、「風呂!風呂!」と催促されキッチンで、または洗面所で、場所を特定せず手水浴びを要求していました。

この頃から、羽齧りか、羽の奇形かは分からないけれど、1,2本羽が外に跳ねる事が常となっていました。
本来なら治療という選択肢も飼い主が抜くという選択肢(これはビビってできませんでした)もあったけど、御年も御年、老後と癲癇を考慮して、ビタミン水と保温で現状維持。
これが変調のサインで、処置が遅れて旅立ってしまっても「致し方なし」と腹をくくりここ爺のストレスがない生活を選びました。
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「癲癇様発作」が本格的になってきたのはここ爺が10歳を過ぎたころから、訳もなく、きっかけもなく、ハウス内で、放鳥時に床の上で、急にキューキュー開口呼吸を始め、時にはよろめき、時には翼を広げて目を細めてしまうこともありました。
発作の時間は1分程度、本来、飼い主は静かに声をかけるなどと飼育書に書いてあったけど、家人はあまりのパニックで、床を叩きながら「ここ爺!まだ行くな!ここ爺!」と三途の川を渡らない様に必死に叫んだ事もあったそうです。

ここ爺は9~10歳位の間に徐々に飛べなくなりました。
飛べても30センチくらいの高さが限界。
これは怪我とかではなく純粋に体力の低下、関節の柔軟性が老化で失われたかららしく、冷蔵庫の上やガスコンロの上にも飛べず、ヒトに連れられて上昇する事が常になりました。
もう、枝が2段も必要なくなったので、下の段のみの生活を送ってましたが、晩年はそれも必要ありませんでした。
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ハウスの高さが高い分、保温が大変と思っていましたが、今は雛用やハムスター用の低いハウスの柵があるようですね。
バリアフリー生活に入ると、床には新聞紙を引き、水は25ccしか入らない小さな小皿にビタミン水、人間用サプリのプラスチックのキャップにシードとグリーンボールを入れていました。
ちなみにビタミンは池袋にある「小鳥の病院」で処方して頂きました。
こちらの先生にここ爺の癲癇症状を紙に書いてお伝えして、粉薬を頂いてました。
病気という訳でもなく、癲癇で通院しないとの事からお薬の郵送もして下さいました(料金は振り込み)。
ここ爺は生まれてからずっとグリーンボールが大好きでした。
「探そうぜ!グリーンボール!」などと我が家では替え歌も流行ったりして(笑)
この頃も夜更かし文鳥生活をさせてしまいました。

ただ、1度だけ鳴かない朝がありました。
明らかに不調の様子、風邪をひいたのかも知れないと保温強化しました。
その晩には少し鳴き、さってぃんの肌をちねっていました(結構痛かった………)。
次の日には復調してくれたのです!!!
常々ここ爺は遺伝子が強いと思っておりましたが、この復調力が私に「遺伝子論」を言わしめるゆえんです。
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by ruppycoppy | 2010-01-06 21:40 | 回顧録